先端技術フォーラム

2019/12/05

「完治」を目指す医療を支える、再生医療とロボット技術のコラボ

広島大学大学院医歯薬保健学研究院 弓削類教授

再生医療とは、事故や病などで組織や臓器を欠損または傷害してしまった体内の組織や臓器を再生する医療のことである。体外で培養した幹細胞を人体に移植し、欠損した箇所を修復・再建させることができる。従来の医療では、もう二度と機能回復の見込みがないといわれた病変やケガでも、改善ではなく根治させられる可能性を秘めている。「病や障害と一生、付き合わなければならない」と諦めてきた患者や家族にとっては大きな希望となる。

皆さんもご存じの通り、2006年に京都大学の山中伸弥教授らがiPS細胞の作製に、世界で初めて成功。後の2012年にはノーベル医学・生理学賞を受賞した。2014年には、iPS細胞を使って目の難病患者に移植する世界初の手術が実施された。それを経て、現在、再生医療は夢の世界の話ではなくなり、関連の最新情報が世の中に増え、関心も非常に高まってきている。iPS細胞は、再生医療に使われる「幹細胞」の一種である。幹細胞には、他にも胚性幹細胞(ES細胞)や成体幹細胞など多くの種類がある。

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広島大学大学院医歯薬保健学研究院 弓削 類 教授

そんな再生医療の最先端の研究をしている一人が、広島大学大学院の宇宙再生医療センター長である弓削類(ゆげ るい)教授だ。弓削教授は、NASAケネディー宇宙センターの微小重力シミュレーターセンター諮問委員会における世界6人の委員の1人でもある。宇宙空間は、再生医療発展の大きなカギを握っていた。

今回は、弓削教授の再生医療やリハビリに関する研究や、同教授も積極的に取り組む医工連携や産学連携への取り組み方などについて尋ねた。

再生医療、大きな希望の裏に解決すべき課題

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弓削教授が取り組んでいるのが、薬剤や遺伝子操作を使用せず細胞の分化を抑制しながら、幹細胞を効率よく増殖させる技術の開発である。弓削教授は、活用範囲が広く、かつ腫瘍化のリスクの少ない「間葉系幹細胞(MSC)」という成体幹細胞の一種に着目して研究してきた。MSCの大きな課題は、細胞が増えないので効率よく増やすことだといわれる。MSCは体内の脂肪、骨髄、滑膜から取り出すことができることが利点だ。

宇宙飛行士はなぜ筋力が衰えるのか?

弓削教授は、米国とカナダ留学中にNASAの研究者と交流があり、そこで宇宙飛行士の筋力低下がなぜ起こるのかを研究していた。この研究では、無重力空間において筋細胞が分化しないため筋が痩せることを解明していた。弓削教授は、筋細胞以外でも同じことが起こるのではないか、つまり「無重力空間が、幹細胞の分化を抑える環境として使えるのではないか」と考えたという。

「宇宙で幹細胞を培養して産業利用しようと考えた当時は、誰も相手にしてくれなかったですね」と弓削氏は笑って振り返る。
それでも熱心に研究をし続けて、その理論を証明した。この技術であれば、上述の薬剤の添加や遺伝子操作は不要になり、かつMSCを効率よく増やすことができるようになる。脳梗塞の再生医療用MSCなら静脈への点滴で治療可能なことも利点であり、間接的に幹細胞の移植に手術が不要になる。大量に培養できれば、たくさんの患者にMSCを届けられる。

再生医療を早く世の中に広めるために広島大学発ベンチャー会社 株式会社スペース・バイオ・ラボラトリーズを設立して開発したのが重力制御装置「Gravite®(グラビテ)」だった。Gravite®は、直行二軸の周囲で試料を360°回転させて、重力ベクトルを時間軸で積分することにより時間平均で微小重力環境が作れるという。

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重力制御装置「Gravite®(グラビテ)」

またGravite®は3Dプリンター機器ほどの大きさであるという。このGravite®を使えば大規模になりがちな幹細胞培養の施設をコンパクトにすることもできる。さらにGravite®の台数が世の中に増えていけば、幹細胞の生産力と流通量は増え、患者の再生医療を受ける機会を増大させ、コスト削減へもつなげられるということだ。
実は、最初に購入してくれたのはNASAのケネディー宇宙センターで、昨年は2台目も購入してくれた。世界中のNASAや宇宙関連の学会でNASA自身がGravite®の発表・紹介をしてくれるので、世界中から注文が来る。

脳梗塞の再生医療の臨床研究が今年から広島大学で開始されることになり、将来的にこの培養技術を応用するための開発も進められる。

患者が望むのは、「改善」ではなく「完治」

脳梗塞や脊髄損傷では、発症後に深刻な麻痺(まひ)が残ってしまう。当然、程度にはよるが、一度麻痺してしまうと完全に回復することは難しい。

「多くの患者さんは、症状の“改善”ではなく、“完治”を望んでいます」(弓削教授)。その手段の1つとなるのが再生医療である。実際に、再生医療で麻痺からの回復を遂げた患者たちが既に存在する。とはいえ、再生医療だけでは完治はできないと弓削教授は言う。
「再生医療と併せて、適切なリハビリをちゃんとしないといけません」。このリハビリにも課題があったという。

ロボットの専門家である早稲田大学 田中英一郎教授、スペース・バイオ・ラボラトリーズ河原裕美社長といった研究者や起業家を巻き込み、開発に取り組んだのが、歩行支援ロボット「RE-Gait®(リゲイト)」だった。再生医療とロボット技術の専門家がタッグを組んだいわゆる医工連携の研究開発プロジェクトである。

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歩行支援ロボット「RE-Gait®(リゲイト)」

「歩行の補助となるとロボットの専門家の方々は、足の付け根や体幹に近い関節の動きを動的にサポートしたらよいと考えるみたいなんですね。ですから股関節も膝関節にもモーターが付く外骨格型のロボットになり重くなる。ですが私は、それは違うとお伝えしました」(弓削教授)。しかしこれが、なかなか伝わらなかったのだという。弓削教授は、まずつま先の動きをサポートしなければ、健常者の正常な歩行の仕方とは異なってしまうと考えていた。

ロボットの専門家を納得させるために、弓削教授は臨床の現場である病院に招き入れ、患者たちに接してもらったという。その狙い通り、弓削教授の考えていたことについて、最後は納得してもらえたということだ。

RE-Gait®は、患者が足関節の動きを患者さんの歩行パターンに合わせて、超小型モーターでアシストし、スムーズな歩行の仕方を学習するという。足裏にはつま先と踵にセンサーを備え、歩行のパターンをタブレット端末で調整して、それぞれの患者にとって最適な歩行パターンをプログラムするという。これも「IoT(モノのインターネット)」である。

また、この歩行支援ロボットは、筋力の低下を補うロボットでは無いので、終始装着する必要が無く、一回15分から20分間、週2〜3回程度RE-Gait®を装着するして、歩行を学習したら外すことができ患者がRE-Gait®から「卒業」できるという最大の利点がある。

RE-Gait®を卒業していった患者たちの多くが発病前の歩行を取り戻し、中にはマラソンにチャレンジできるようになるほど回復する人もいるということだ。

医工連携や産学連携で大事なのは、コミュニケーション

弓削教授は、10年以上前からから医工連携や産学連携に積極的に取り組んできた。そこでやはり課題となるのが「コミュニケーション」だと弓削教授は言う。

「お互い、使っている言語が違うようなものです。単語の意味付けをどの様に共有するか、共通の言葉でやりとりをするかが大事です。やはり最後は患者さん笑顔の為に開発するという理念が必要ですね」(弓削教授)。

RE-Gait®の場合は、弓削教授が医療の現場にロボットの専門家たちを招き入れ、患者たちと接することで、そのハードルを乗り越えている。また、弓削教授自身のような「患者の病気を完治させること」への強い信念の力も必要だ。「患者を完治させるには、1つの専門だけでは成し遂げられません」(弓削教授)。

弓削教授自身も医学の知識を幅広く吸収し、ロボット工学やIoTにもアンテナを張る。患者を完治させたいという強い思いと、広範な好奇心とそれを表現するユーモアが、弓削教授を突き動かす。

再生医療や幹細胞培養に役立つ仕組みのアイデアもいろいろ浮かんでおり、一緒に実現してもらえる企業を常に探している状況だという。

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「扇子のように、プラスチックの小さな薄い板を蛇腹に折れる工場を探しています。これで、幹細胞を保管するチューブが作れます。従来のシャーレでの培養では面積ばかり取ってかさばります。このようなチューブであれば、幹細胞を閉鎖系で培養でき、うっかりこぼさなくて済むし、しかもたくさん入れることができます」(弓削教授)。

「疾患別に開発したいロボットのアイデアもたくさんあります」と弓削教授は言う。それは、医療関連には限らず、製作所向けのロボットのアイデアまである。

弓削教授は、医学者であると共に、ジャズピアニストでもある。週1程度で鍵盤をたたいていると、ふと研究課題の解決策が浮かんだりするという。アドリブ感覚で弾いていると、ロボットのアイデアもふとよぎる。そのような自由な人柄や発想そして人を敬う気持ちが、多様な専門家たちの心をつなげているのかもしれない。

※文中記載の会社名および製品名などは、各社の登録商標または商標です。

(執筆:DMM.make AKIBA)


【編集後記】
弓削 類先生は、広島大学大学院教授、同宇宙再生医療センターセンター長、NASAケネディー宇宙センター諮問委員会委員、日本再生医療とリハビリ学会代表理事、等の重職を務める傍ら、再生医療機器研究の実践の場としてのスタートアップの役員としてもご活躍されています。
米国、カナダやフランスでの学術活動での幅広い国際人脈との交流で形成されたざっくばらんでウイットに富むお人柄の根底には、脳卒中や難治病と闘っている患者さんの完治に向けた熱い思いが秘められています。
弓削先生のご研究成果と中小製造業者やスタートアップとの医工連携により、複数の医療機器や各疾患別のロボットラインアップが上市されることが期待されています。

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