先端技術フォーラム

2019/12/05

産業構造に変化をもたらす先進モビリティとは

慶應義塾大学名誉教授 株式会社e-Gle代表取締役社長 清水浩氏

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近年、自動車業界における電動車化や自動運転化が注目を集めています。環境保護活動の世界的な高まりを受けて、各国政府や自動車メーカーが「脱化石燃料」を掲げた戦略を打ち出していますが、これにより既存の産業構造には大きな変化が起こると予想されています。
日産のリーフやテスラなど量産電気自動車が登場する数年前に、最新技術を使って革新的な電気自動車を開発した慶應技術大学発のプロジェクトがありました。

かつてそのプロジェクトをけん引し、今は電気自動車関係の研究開発を行っている株式会社e-Gle(イーグル)代表取締役社長である、慶應義塾大学 清水浩名誉教授に、電気自動車の技術や次世代モビリティについて、既存のものづくり企業がどのように取り組むべきなのか、お話を伺いました。

――自動車業界では、「脱エンジン」を掲げて電動化への取り組みが急務となっています。電気自動車と既存の自動車とでは、どのような違いがあるのでしょうか?

清水教授:まず、今の自動車はエンジンを主体として作られています。エンジンを車体のどこに置くのかを決め、そこからどの車輪に動力を伝達するのかを決め、最後に人がどう乗るのかを決めます。

[図]電気自動車の基本構造の概念
これまでの自動車と電気自動車とでは主要構成部品やレイアウト設計が大きく異なる

これが電気自動車になると、エンジン中心という制約から解放され、自動車に乗る人を中心に考えることができます。自動車のフロアは、エンジンを載せるために複雑な構造になっていますが、モーターを車輪の中に入れてしまえば、フロアは平らで良い。フレームもシンプルで曲げに強くて軽いパイプ構造にして、その中にバッテリーを格納することで、これまで使われていなかった空間がバッテリー用に活用できるようになります。私がこれまで開発してきた電気自動車は、ガソリン車の真似をするのではなく、電気自動車ならではといえる発想で、その時々に利用できる最新の技術を使って開発してきました。

私が関与した慶應義塾大学のプロジェクトで、2001年にKAZ(カズ:Keio Advanced Zero-Emission vehicle)という、大型のリムジンに相当するEVを開発しました。これにはリチウムイオン電池と、タイヤにモーターを組み込むインホイールモーターを組み合わせて、最高速度311kmを出しました。その後2004年にEliica(エリーカ:Electric Lithium-Ion Car)を作って実際にテストコースで走らせ、最高速度370km、0~160kmの加速は当時世界最速と言われていたポルシェ911ターボよりも圧倒的に速かった。このことが世界中に報道され、「電気自動車は決してオモチャじゃない」ということが分かって、多くのメーカーが電気自動車に取り組むきっかけになったと思っています。

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インホイールモーターによる8輪駆動という独創的な構成のエリーカ

――電気自動車に使われている技術にはどのようなものがありますか?

清水教授:電気自動車には、3つの大きな技術要素があります。それは、バッテリーモーター、そしてモーターの速度を変えるインバーターです。どれも昔からある技術領域ですが、電気自動車の実用化を可能にする画期的な発明が、1980年代に日本で生まれています。

日本から生まれた電気自動車に必要な技術

電気自動車に使われるバッテリーは、リチウムイオン充電池と呼ばれるものです。これは、旭化成の吉野さん(2019年ノーベル化学賞を受賞した旭化成株式会社名誉フェロー吉野彰氏)が、正極にコバルト酸リチウム、負極にカーボンを使うというリチウムイオン電池を発明されたもので、今でも最先端の研究は日本で行われています。
次にモーターですが、電気自動車に使われる強力なモーターには、ネオジム磁石が欠かせません。これは住友特殊金属にいた、佐川さん(NDFEB株式会社代表取締役 佐川眞人氏)によって1982年に発明された技術です。
そしてインバーターですが、このインバーターの高効率化も課題のひとつです。可能性のある技術は、青色発光ダイオードにも使われているGaN(ガリウムナイトライド)でトランジスタを作れば、エネルギー損失を10分の1にできる。GaNは、名古屋大学の赤崎さんと天野さん(2014年ノーベル物理学賞を受賞した赤崎勇名古屋大学名誉教授、天野浩名古屋大学特別教授)が1986年に結晶化に成功、PN接合ダイオードが実現可能なことを証明されました。

このように、日本で生まれた技術なのですが、残念ながらリチウムイオン電池も、ネオジム磁石も、量産品の多くは中国製です。GaNは青色ダイオードとして量産化に成功しましたが、パワーデバイス向けの製品化をしている国内メーカーはまだありません。私は、日本で生まれた技術をきっちり使いこなせば電気自動車の時代は来ると思っています。

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日本で生まれた技術を使いこなすことが電気自動車、そして次世代モビリティへのカギだと語る清水教授

――電気自動車には、従来の内燃機関式の自動車とはまったく異なる技術が使われているのですね。そして、それを生み出したのは日本の研究者、技術者だということですね。

清水教授:自動車には、「環境・エネルギー・事故・渋滞」という4つの大きな問題がありますが、これまでの内燃機関でどうやっても解決できませんでした。最先端の技術を使うことで、性能・機能・価格のすべてにおいて、ガソリン自動車に負けない電気自動車ができるというのが私の考えです。これに自動運転機能を搭載することで、自動車のもつ課題を解決することができる次世代モビリティを実現できます。

――電気自動車に不可欠な技術について教えて頂きましたが、次世代の先進モビリティはいかがでしょうか。

清水教授:自動運転に関する課題ですが、他の自動車と衝突しないようにすることは、それほど難しくはありません。また、信号が赤なら止まるといった制御も、現在の技術で可能です。ただ、人の飛び出しについては、まったく予測が出来ませんから、対処方法がありません。1年間の交通事故死者数は4000人弱ですが、その3分の1程が歩行者です。これを解決する方法を考えないと、自動運転の本格的な普及はまだまだ先のことになるでしょう。

電気自動車ではありませんが、歩行者保護を考える必要がない鉄道の例を取り上げましょう。貨物列車をけん引する電気機関車なのですが、JR貨物が保有する最も大型の機関車に、「金太郎(EH500形電気機関車)」と呼ばれている大型の電気機関車があります。2両が1つのユニットになっている2車体連結型で、1300トン貨物列車のけん引が可能です。

この電気機関車に、電気自動車に使われる技術を適用する検討をしたことがあります。インホイールモーターを動輪に組み込み、高架からの給電をやめて電池駆動にします。長距離を走る必要があれば、充電池の代わりに燃料電池を使えば良いのです。こうすると、130トンほどある機関車の自重が半分程度にでき、また架線が無くなることで、架線事故も減りますし、架線を維持する設備投資も不要になります。未電化区間での運用も可能になるし、世界中で安い費用で鉄道が引けるようになります。こうしたことも、先進モビリティが実現する未来の可能性のひとつだと言えます。

技術開発に必要な資質とは

――先進モビリティを実現するために大田区の企業がなすべきことは何でしょうか?

清水教授:私は、技術開発に必要な資質は3つあると思っています。ひとつはモチベーション。技術者が会社を選ぶときに、給料か、やりがいか、と聞かれてやりがいを選ぶのは世界中でおそらく日本人だけでしょう。
次に継続性。技術開発は3年位では終わらなくて、5年10年と継続する必要がありますが、世界の国では、入社して3年位で技術を覚えて、それを元手にして転職するというのが一般的です。日本では、3年間修行したら、同じ領域に長く留まって続けていこうというマインドが強い。
そしてもう一つ大切なのは、技術開発はチームワークだということですね。最初の発明は1人かもしれませんが、それを技術開発して商品化する為には、お互いに自分の情報を出し合って、一緒にやる必要がある。世界的には自分で学んだことは財産だから人には教えないということがありますが、日本人はそうではなくて、自分で理解したことを皆で共通にしようというマインドが強いです。

このように、日本人は本質的に技術開発に向いた国民性だと思っていて、大田区の中小企業の方々もそういった中でやってきたという強みがあります。こうした“ものづくり”の優れた特性に加えて、次世代のモビリティ産業全体の動きへ感度をさらに高めることが必要です。これには、基本的な関連技術の動向を学習することもそうですが、変わりゆく自動車社会でどのような事業モデルが成立しうるのかということも、将来的に自社がかかわっていく製造分野を予測するのに必要なことです。次世代モビリティは自動車産業のサプライチェーンにとってインパクトの大きい新産業ですので、中小事業者がスタートアップ的な感性で、大手メーカーに逆提案するような立ち位置も求められているのではないでしょうか。

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技術開発に適した日本人の国民性、それを体現できる中小企業に大きなチャンスがある。

新たな産業に向けた取り組み

――大田区の企業は、モビリテイー以外ではどのような産業分野にチャレンジするべきでしょうか。

清水教授:取り組むべきテーマの設定が大切です。今までやってきたことが生かせるようなテーマをいかに設定するのか。そして、どの技術が生き残るのか、それを見極めることです。例えば、20世紀に使われていた発電方式、火力や水力、原子力、すべて水や蒸気の力でタービンを回して発電するという、技術的には同じものです。ところが太陽光発電だけは、太陽光を直接電力に変換するという全く別の技術なのです。私は再生可能エネルギーでも太陽電池だけが主流になる可能性があると思っていますし、技術で生き残るのは一つだろうという思い込みも大切です。

――モビリティでいえば大田区の企業にとって、どのような事業モデルがチャンスになるとお考えですか?

清水教授:私は、モビリティの分野は間違いなく伸びると思っています。もちろん、複数のモビリティをうまく社会で活用するMaaS(Mobility as a service)のようなサービスを、どのように提供するのかは、社会システムというもっと大きな枠組みで誰かが考えて投資していかないと、技術が生かせません。モビリティ産業については社会インフラ整備という観点から、国や自治体の研究開発助成措置も、大学中心だけではなく、中小企業目線で次世代サービスを開発するための予算措置なども考えて頂きたいですね。

例えば80年代に旭化成がリチウムイオン電池の開発に取り組んでいたとき、電池の内圧が高くなり過ぎた時に破裂しないよう、内圧を逃がすための調整弁がありました。実は、この弁を作ったのは大田区の企業なのです。リチウムイオン電池は、モーターやインバーターに比べて複雑で難しいのですが、それだけに開発が必要な要素も多いということです。次世代モビリティには、大田区の企業にとっても多くのチャンスがあると考えています。

(執筆:DMM.make AKIBA)


【編集後記】
清水先生は日本の電気自動車開発の草創期から開発・製品化に取り組んでこられましたが、電動車開発に対する先生の視点の根底には、東北大学工学部にて博士号取得後、国立環境研究所から人生のキャリアをスタートされたことがあります。
清水先生の研究開発ではエネルギーミックスやCASEといった地球環境の持続性が電動車設計に強く意識されています。
電動車単体の製造だけではなく、サステナブルな社会システムを実現する次世代モビリティで、中小事業者も参加する新たなサプライチェーンの形成が期待されています。

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